ヴォークリューズでは7月6日
から27日まで世界でもっとも歴史のある、60周年を迎える演劇祭が開催されます。演劇はモリエールの時代(17世紀)からずっとフランス人に大変に好か
れています。古典主義のラシーヌから不条理演劇のイヨネスコまで、中高等学校で教わったり、部活で演じたりします。そのように演劇はフランス人の生活にい
つもあり、それはジャン・ヴィラールという演出家の功績によると思われます。
ヴィラールは1912年に生まれました。文化の大切さを主張して、20世紀後半の演劇の大衆化に重要な役割を果たしまし
た。1947年にプロヴァンス地方のアヴィニョン市で演劇祭を創設します。ヴィラールの劇団がシェイクスピアなどの作品を14世紀に建てられた法王庁宮殿
(Palais
des Papes)の中庭で上演します。2年目にヴィラールは非常に攻撃的な戯曲
を演出します。第二次世界大戦が終わったほんの3年後、ナチスの空爆に打ちのめされたアヴィニョンを舞台にし、ドイツ人の劇作家ビューヒナーの作った『ダ
ントンの死』を公演します。この戯曲は当時タブーだったフランス革命の恐怖政治をテーマにして折り、非難されましたが、演劇史に残りました。こうやって、ヴィラールは1971年に死去するまで、24年も美的・社会的な論争の種になったアヴィニョン・フェスティヴァルを監督します。
1966年にアヴィニョン・フェスティヴァルの規模が拡大します。ヴィラールがいくつかの劇団を誘って、初めて教皇庁で振付家モーリス・ベジャールの20世紀バレーを公演します。演劇祭の幅が舞踊に広がって、大好評を博します。アヴィニョンは真夏に約一ヶ月演劇の街になります。同年、フェスティヴァルの開催に合わせて、全国の若い劇団がアヴィニョンに集まって、町の至る所で得意な芸術を観客に見せます。それは2006年にも人気のある「フェスティヴァル・オフ」(非公式なフェスという意味)の誕生でした。
つづく

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