この春、一人のフランス人が「奥の細道」をたどる旅に出た。県国際交流員のジョルダン浪漫さん(25)。日光から宮城県松島までの約300キロは、ジャポンの「心」を探る旅だったという。「捜し求めていた古き良き日本に出会うことができた」。夢は日本とフランスの架け橋になることだ。
ジョルダンさんはパリ出身。3歳で柔道を始め、漫画などを通じて日本に関心を持つようになった。大学では日本語日本文化学を専攻し、明治期フランスに渡った日本人の研究をしていたという。05年7月、イベントや講演を通じて国際交流を進める県国際交流員としてやって来た。
日光~松島300キロの旅
元々、宗教や信仰の世界に興味があったという。「歩きながら心を磨きたい」。友人から松尾芭蕉の俳句を教えてもらったこともあり、奥の細道をたどることにした。
地図やインターネットでコースを設定し、4月28日、宇都宮市内の自宅から一路日光を目指した。しかし、悪路などに悩まされ、日光についたのは結局夜になってから。「歩くだけでは予定していたゴールデンウイーク中に松島まで行けない」と気づかされ、電車などを乗り継ぎ、歌枕を中心に散策するように予定を変えた。
芭蕉にまつわる話を聞いたり、知り合った人と一緒にお茶を飲んだり……。行く先々の人が優しかった。ビルが立ち並ぶ街中を離れ、コンビにも自販機もない景色の中を歩き、「イメージしていた日本をより近くに感じられた」と振り返る。
5月4日、無事松島にたどり着いた。「芭蕉が歩いた300年前も今と変わらぬ風景だったのだろうか」。その手前、「契りきな……」で知られる歌まくら「末の松山」(宮城県多賀城市)では「旅の果てには死がある。人間はいつか死ぬ。」という無常観を感じた気がしたという。
日本人より日本人っぽくなったジョルダンさんだが、8月にはフランスに帰国する。通訳になるため、専門学校に通う予定だ。国際舞台を目指し、新たな旅が始まる。
「私にとって日本は外国ではなくなった。世界中の日本人と交流し、日本とフランスの架け橋になれればうれしいね」〔金子智彦〕
旅の終着点、松島で記念写真に納まるジョルダンさん
松島で海を眺めるジョルダンさん。かけがえのない貴重な思い出になった=いずれもジョルダンさん提供
「朝日新聞、栃木版、19年6月8日」
Comments